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Remembering Hiroshima

September 27, 2009

Recently, I’ve been thinking a lot about my experiences in Hiroshima this past May.  I remember that I wrote this speech for the final ceremony in front of the school, and I wanted to put it up online.  I think it’s a pretty good speech and it really says what I was feeling while I was there at the peace seminar.  It’s only in Japanese so far, but maybe I’ll translate it into English one of these days.

広島に来たとき、何を期待すべきかと分かりませんでした。広島女学院で先生の話を聞いたり、資料館で被爆者の話を聞いたり、日本に対する原爆の影響について勉強したりすることだけだと思っていました。つまり、広島の歴史を聞くだけだと思っていました。しかし、それは全然違っていました。

このピースセミナーは広島に限らず、世界のどこにいても大事な話題だと思います。そして、大事なことは平和というだけではなく、人間関係のことだと思いました。

初めて日本に来た5年前、日本のご飯は日本の文化だと知りました。そして、外国からきた観光者として何度も日本人に助けられました。ばかのように自分では何もできませんでした。いつも知らない人のお世話になっていました。今、やっと自分で何もできないということは当たり前のことだと気づきました。それは平和と何か関係あるだろう。だれも一人だけではない。誰かに会って、親しくなればなるほど影響を与えないわけにはいきません。

今回、びっくりするほど、早く何人も新しい友達が出来ました。そして、新しい友達とこのピースセミナーでいろんなことを考えさせられました。ピースとは、いったいどういう意味でしょう。宮島に行って、友達と一緒に写真を取ったとき、ほとんどみんなはピースの手振りをして、笑顔で私たちの青春の日々を謳歌していました。それで、「青春ばんざい!」というせりふを考えると、何か戦争的なイメージがあるんじゃないかなと思われます。友達と気軽に冒険ができるというのは、特に悪い意味はないのですが、私たちはなんとなくこの人生のすべてを楽しめるように必死にこの瞬間を生きているみたいな感じを気がします。歴史でいやなことがあって、それを真剣に考えると何か落ち込んできます。一方、将来にもいろんな恐ろしいことがひっそりと隠れているから、それを考えれば悩みがいっぱいで心配でたまらない恐れがあります。

ここで、ちょっと昔の日々にまだ生きている人の話をさせてもらいたいとおもいます。二人でドライブしていた時、この人は急に、「日本が悪かったな!」と激しく言いました。どこからともなくこのことを言われて、私はどうしよもない立場になりました。私はいつの間にか、アメリカの代表的な人にされてしまいました。「いや、とんでもない。戦争の時だったから、しかたないでしょう。両方とも悪いことしたけど、それは庶民のせいじゃないでしょう。私たち庶民は、政府じゃないんじゃないですか。」と私は言ってしまいました。それはよくない答えだったようだ。その人の顔が赤くなるにつれ、車はスピードアップしていました。パトカーに捕まえられないような機械が「Daddy! Be careful! Daddy! Be careful!」とうるさくて鳴り始めました。日本の道は狭くて危ない気がしたけど、それより、このスピードで、この真っ赤な顔のそばで座っている私は、本当にびびってしまいました。「日本が悪くて、ごめんなさい。僕はアメリカのことが好きです。」とその人は言いました。

どういう風に答えられるかさっぱり分かりませんでした。これを聞いて、私は国なんかいらないと思いました。愛国とか、外国とか。。。。その人のことが本当に気の毒になりました。そして、私は、「みんなはみんなと言うことに気づきました。平和を守れるように、人間が作った境界線を無くさないといけないんだよ」と広い世界に叫びたいです。その人はアメリカに何回も行ったことがあるし、地理に詳しくて町や川の名前を何でも覚えているし、いわゆる「World Traveler」なんだけれども、その情報を大事にしすぎているのではないかと思いました。それに、後でその人の家でアメリカの国旗を眺めながら、アメリカの国歌を歌わされました。泣きたかったです。でも、その人の態度が悪いという訳ではありません。実は優しくて、心が暖かい人です。しかし、何かを後悔をしているようでした。私も悲しくなりました。戦争で悪いことがいっぱい起こったけれど、昔のことは私たちのせいではない。だけど、将来、またそんなことをしないように、私たちは責任を取らなければならないと思います。

だから、平和を大切にするために、過去を覚えて、将来に備えて、現在を生きてくださいと私はみんなに伝えたい。みんなとうまく生活できるようにわれわれ人間の相違点を大事にして、お前はお前、俺は俺、それでも、みんなと一緒に大きな一歩を平和に向かって進んでみましょう。

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